不許可決定を受けたあの日2011

自己破産は大変

自分で破産をしようとすると大変である。諸々の手続きがあって書類も集めねばなるまい。とは言ってもすべてが必要とも不要とも言えない気がするというのは素人目線すぎるだろうか。

いつも国には大変お世話になっている事実がある。だから全部必要なことだと受け入れるしかないだろう。国は永遠に私にとって私の国である気がするからだ。しかしそれは単なる思い込みに過ぎないことは、個人再生や任意整理をしたことがある人なら分かってくれると思う。いや、本当のことを言うと債務整理関係のことをしていなくてもわかるはずなのだ。

地図を見れば世界には何百の国があるのだから。国を1つと考えている人なんてこの時代いないだおる。テレビを見ていなくても新聞を見ていなくても義務教育を受けているなら学べるはずだからである。しかし親の虐待も有りそういう訓練を受けていなければどうだろう。と話をふくらませていくことは面白いが今話したいことはそうではない。

免責不許可の期間はいつまでもつづく

虐待の問題も私たちが解決していくべき急務であることは違いない。子どもたちは親が全てであり、親から、そうまるで裁判所のように、もし不許可決定を子供にだしたとしたら、子供にとっては全否定のようなものである。裁判所が法律のプロであるなら、子供にとっての親は人生のプロであるのだから。そんなもんは通過儀礼ではないか。

悩むほうがおかしいとまるで逆ギレしてくるような人もいるがそれは正しくはない。私の頭があなたのこころが変な方向へいつでも行き始めたら、転回をしなくちゃいけない、そう悟るべきなのだ。さて私も話を転回するべき時期に入ったんだと思う。引き出しの段数が組み換えOKだったとしても、私の段数は実はほぼ変わらない。

いっぱい増えていきそうな気もするが何かを増やすと別の場所に、箪笥に穴があいてどっかにいってしまうのだから。けどこっそり箪笥にそれが帰ってきてるのを知らない人は多い。そうだ。不許可決定の話であった。

私は2度の自己破産を経験し今の状態になっている。なにか気に障ったんだろうか。裁判官よ。ん、っていうかあれは裁判官だったけ?