素直さと免責は似ているか?

死刑宣告と破産宣告は似ていると誰が言ったか?。あのシカゴの夏の日に、そう、人類がはじめてトリケラレンジャーを見たあの日に会った男ならその真実を知っているかもしれない。今は彼は医療コンサルになっている。俺達が100歳になったら必ずシカゴで再び会おうといった後、どこかへ行ってしまった。3年に1度ぐらい手紙が来る。もちろん例の写真つきのはがきで、たいていの写真はエリマキトカゲかペンギンである。私が車のローンや住宅ローンで悩みを抱えてた時に来た手紙には「俺、生活保護」はじめたんだ。もう税金とか一切支払わねーぜ。とか書いててイラッとしたものだ。しかし彼は今では拘置所に収監され刑罰が下るのを待っている。一方私が破産の宣告を食らってからはもう何年も立つ。愛しのサマー・オブ・ラブ。あの全ての原因は私がなかなか彼女に素直になれなかったのが原因だ。FXで一発当てましょうよ。私は彼女の尻に敷かれていたので断りきれなかった。ほんとはやりたくなかったのに。大損こいて爆死である。俺は彼女にこういってやった、ほらやっぱだめじゃん。やっぱだめじゃんってあなたがやりたいって言い出したんでしょうが。このザマである。私たちがシカゴにいた時はそうではなかった。もちろん札幌駅でサッポロビールを頭からかけた日もそうだった。しかしあの日はああなってしまったんだから仕方がない。もっと素直になればよかった。外貨取引なんていやだよと。俺は貯金派だよと。ギャンブルとかやりたくねーよと。そう思った時には、私の頭上に、あの例の不思議な動物ヤンバルクイナが目をキョロキョロさせて笑ってた。みんな笑うが良い。自由に笑うが良い。カーローンごときで苦しむ男なんだ。マンション1つも建てられない男なんだ。俺がやれることといえば机の上に横たわるキシリトールガムのパックを眺めながら1個とって口に運ぶだけ。そして時々彼女と初めてデートしたことを思い出しながらあの例の歌を歌い始めるのであった「夏の日の1993・・・」